'''ふたなり'''('''二成'''、'''双成'''、'''二形''')とは一つのものが二つの形状を持つことをいい、特に一人で男性と女性の性器を兼ね備えた、いわゆる
両性具有、
半陰陽を指す。半陰陽の意味では、'''はにわり'''('''半月''')ともいう。
ふたなりを参照。'''
性的興奮'''(せいてきこうふん)とは、
生殖活動に伴う
興奮状態であるが、
動物の多くが
発情中の異性の臭気や特異な行動によって引き起こされる一方で、
人間を含む
霊長類に至っては、様々な
シンボルによっても興奮する事が確認されている。
性的興奮を参照。'''
美'''(び)とは、「
美しいこと」、あるいは「
美しさ」であり、
自然の事物等に対する
感覚的に素朴な印象から、
芸術作品に対して抱く
感動の
感情、あるいは人間の行為の
倫理的
価値に対する評価にいたるまで、さまざまな
意味と解釈の位相を持っている
[今道友信「美学と芸術理論」『岩波講座哲学・芸術』、p.13。今道は、より厳密な表現においてであるが、自然・技術・芸術・人格存在のありようにおいて、「美の位相差」を論じている。]。。
美は一般に、「良いこと」従って、哲学的な表現では、「
善」と何かにおいて関係するものだと言える。
言語表現について述べれば、例えば、見事に開いた
薔薇の花を「
美しい」と人は表現し、あるいは
レオナルド・ダ・ヴィンチの『
モナリザ(ジョコンダの微笑)』を
美しいとも評する。
古代エジプトの女王であった
クレオパトラ7世は「
美女」として著名であり、
数学者は、抽象数学である
リー群や
イデアル理論に出てくる
定理を
美しいと述べる
[「はしがき」『岩波講座哲学・芸術』、i。巻頭の「はしがき」において、編者は、「大和の国は美しく、小野小町は美しく、方程式のこの解法は美しいという」と記している(引用)。これらは別の「美しいもの」によって例示可能である。]。
モーツァルトや
フォーレの音楽は、繊細な
美しさを持つと言われ
[「はしがき」『岩波講座哲学・芸術』、i。編者は、「美」と「芸術」は異なると述べている。「美しいものは必ずしも芸術ではない」と(引用)。しかし、これは「美しい芸術作品」の存在を否定していない。]、
ヘルマン・ヘッセは、作品に『青春は
美し』という題をつけた。また、日本語では、「姿ではなく、
美しい
心の持ち主」というような表現もする。
これらの言葉の使われ方から窺えることは、「
美しいこと・
美」とは、何か良いこと・快いことであるが、またそれは「優れたこと」であり、また「感動」を人に与える何かであるということである。
美を参照。
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