'''ゲイ'''(gay)は同性愛の人々、特に男性同性愛者を指す言葉。本来「お気楽」「しあわせ」「いい気分」「目立ちたい」といった感情を表すものである。しかし少なくとも1637年には、「不品行」のような含意を担わされていた。
本項では「ゲイ」という言葉と同性愛の関わりについて解説する。この言葉がホモセクシュアリティーを指すものとして用いられるようになったのは、19世紀後半以降である。そして20世紀に入って次第に普及していく[。現代では、英語圏における「ゲイ」は形容詞として用いられ、ときとして名詞ともなる。これは、ホモセクシュアリティーと関わる人や行動、文化を表現するためのものである。20世紀の終わりごろまでには、ゲイという言葉は同性間の関係へ関心を持った人々を表すためのスタイル・マニュアルに沿ったものとして推奨されていくにいたった。そしてまた同時期に、ゲイは「堕落した人間」という新たな意味をこめられて使われるようになる。英語圏の若者たちの間では、この言葉はこういった含意をもって「''ばか''」や「''くず''」(「ゲイじゃないんだからさ」)に等しい罵言になっている。このような用いられ方は、ホモセクシュアルを意味するものではない。それは、いわば気に入らない誰か、の抽象的な捉え方に無意識になったものである。このような言葉遣いに、どの程度ホモセクシュアリティーへの含意が含まれているかについては見解が分かれている。英語であるgayという言葉の起源は、12世紀、古フランス語のgai にもとめられる。これは、つきつめればゲルマン語がもとになっている可能性が高い][。英語圏では久しく「お気楽」「しあわせ」「いい気分」「目立ちたい」という意味で主に使われてきた言葉であり、会話や文章において非常にポピュラーなものであった。たとえば、楽観主義的であった1890年代は、ゲイ・ナインティーズとして今でもしばしば話題にのぼる。1938年におけるフランスのバレエ劇「Gaîté Parisienne」(「パリっ子はお気楽もの」)は、41年にワーナー・ブラザーズによって映画化されており、そのタイトルである「ゲイなパリっ子」は、本来の意味で用いられたものである。明らかに20世紀に入るまでこの言葉は特に「ホモセクシュアリティー」を表すものではなかったのだが、ある時期から性的な意味を持つようになる][。]
ゲイに由来する抽象的な名詞である「歓楽gaiety」はまだ性的な意味からは解放されてはいる。かつてはこれも遊楽地で用いられることがあった。例えば、イェーツはダブリンの「歓楽の劇場」でオスカー・ワイルドの講義を受けている。この言葉は1637年までには不品行という連想が生まれだしており[、17世紀の終わりには「享楽と放蕩にあけくれる」という意味も持ちはじめていた 。これは、本来の意味である「気まま」さの延長ではある。「道徳的な制約に縛られない」ということでもあるからだ。「ゲイ女」とは売春婦のことであり、「ゲイ男」とは女ったらしのことで、「ゲイ・ハウス」は売春宿を意味していた][。]
「ホモセクシュアル」を表すために「ゲイ」という言葉を用いることは、起源をたどれば単にこの語の「気ままであり縛られない」ということの性的な含意を延長したにすぎない。つまり、伝統的だったり、そうでなくとも重んずるべき性的な習律をないがしろにするという意志をほのめかすものとしての「ゲイ」である。そのような用い方も1920年代の文書には残されており、20世紀に入る以前の記録もある[。とはいえ、はじめのうちはホモセクシュアル的な、奔放な生活をほのめかすものとしてより広く用いられていた。例えば、かつて御馴染みだったフレーズである「ゲイのロサリオ(ニコラス・ロウの「the Fair penitent」に登場する女たらし)」や、「ゲイ」という姓をもつ女たらしの探偵が出てくる「ゲイの隼」(1941 映画化もされた)にみることができる。20世紀なかばには、中年の独身男を「ゲイ」ということが広まっていた。これは、その魅力のなさや、逆にそれゆえに自由であることを表現したもので、まったくホモセクシュアリティーをほのめかすものではなかった。女性にも用いられていたからだ。イギリスのコミック誌「ジェーン」は、1930年代に創刊された、ジェーン・ゲイの冒険を描いたものとなっている。ホモセクシュアルを暗示したものではまったくなく、幾人ものボーイ・フレンドを従えた、彼女の奔放なライフスタイルを表すものだった(レディー・ジェーン・ゲイに語呂をあわせたものでもあるが)。]
ガートルード・ステインの「ミス・ファー&ミス・ステイン」(1922年)に出てくる一節は、ホモセクシュアルな関係を引き合いに出している。おそらくゲイという言葉が、辿れる限りでは初めて印刷された箇所である。リンダ・ワーグナー=マーティンが示すところによれば(「素敵な異邦人たち:ガートルードステインとその家族」)、これは「言語の歴史において、性的な作為をもってゲイという言葉がいくらか繰り返されたものとして注目に値する」もので、エドマンド・ウィルソンも同意している。「ジェイムズ・メローが「特権団体Charmed Circle」(1974年)で引用しているところでは、例えばこんな箇所がある。
1929年のノエル・コワード作のミュージカル「ビター・スウィート」の内容は、別の文脈でこの言葉を使っている。これは強くホモセクシュアリティを意識させるものだ。1890年代に、4枚重ねの服を着こなす伊達男たちがうたった「グリーン・カーネーション」の歌詞にはこうある。
この歌のタイトルは、オスカー・ワイルドを意識させる。彼がグリーン・カーネーションをつけていたことは有名であるし、つけくわえればその男色趣味もよく知られている。だが、「ゲイ・ナインティーズ」というフレーズは、90年代を形容するものとしてすでに確立されたものだ(同名の映画や「アンフェイスフル・ハズバンド」はこの年代を扱っている)。この歌は、ワイルドと耽美主義を皮肉ったものとしても馴染んでいる。こうして表舞台で用いられることが定着し、慣例となったために(流行のミュージカルであった)、こういった文脈におかれたゲイという言葉の意味は、二重になってしまった。
今日における他の用法には、コワードの詩と同様の多義性がいくらかある。「Bringing Up Baby」(1938年)は、ゲイという言葉を明らかにホモセクシュアリティを指すものとして使った初めての映画である。ある場面でケリー・グラントの服がクリーニング屋に送られてしまい、彼は女物のワンピースを着るはめになる。そのことについて問われると、彼は「ゲイになっちまったからだよ…いきなり!」と答えるのだ。しかし、まだ当時はホモセクシュアリティを意味するものとしてこの言葉を使うことは、当たり前ではなかった。この台詞は、「何かちょっとしたおふざけでもやってみようかなと思って」という意味にとられる可能性もあったのである。グラントがこの台詞をアドリブで言ったのかたどうかについては議論がある(台本にはなかったのだ)。この言葉は「ゲイな出戻り女」(1934)という映画のタイトルにも明らかなように、「お気楽な」という本来の意味でも用いられ続けている。これはヘテロセクシャルのカップルを扱ったミュージカル映画だった。もともとは、下敷きにしている芝居にちなみ「ゲイな出戻り」と題がつくはずだった。しかし出戻り女はゲイ的であるかもしれないが、それでは離婚が魅力的なものだと思われかねず不適当だと配給会社が判断したのである。20世紀なかばごろまでに、
コリコリゲイという言葉はいわゆるストレート(「ちゃんとした人」という含意をもった)の反義語として広く認知されていた。そして、結婚や婚約に縛られないライフスタイルのことを指すようにもなった。その他、そういった人々の装い(「ゲイ・アピール」)にある軽薄さや顕示欲を意味する言葉として、「おかまcamp」や「女々しい男effeminacy」と結びついていく。この連想が、今日おもに用いられているような(本来はサブカルチャーに限定されていた)意味へと次第に収斂していくことを後押ししたことには疑いようがない。「ゲイ」はそれらの語をふまえた上で、たとえば「イカれたqueer」のような軽蔑されるべき性向を表現するにふさわしいものとなった。ホモセクシュアルな人間はすぐにでも通院すべきものとして扱われるようになり、いまでは「ホモセクシュアル」なものとして何かを扱うことは、つまりは病として医師の診断が必要なものであるということは半ば公然としている。
20世紀なかばのイギリスでは、1967年に性犯罪法が制定されるまで、男性同士が愛し合うことは違法であった。つまり誰かを同性愛者だと名指すことは、その人間がきわめて侮辱的な行いをし、また非常に重い罪を犯したと告発するに等しかったのである。次第に、同性愛のどんな側面を示す言葉であっても、それは公正な社会に相応しいものではないと考えられるようになった。とはいえそれは、無数の婉曲的表現が同性愛者と疑わしき人物をほのめかす(hint)ものとして用いられたということも意味している。「スポーツ好きの」少女や「芸術志向の」少年といった言葉が例として挙げられるが、これらみなには、本来はまったく純粋な形容詞であるそれらに意図的なひずみが生じている。
このように1963年頃には、ゲイという言葉には新たな捉え方が生まれていた。それはアルバート・エリスがその著書「The Intelligent Woman's Guide to Man-Hunting」で用いたことで有名になったものである。しかし、もともとの意味でポップ・カルチャーに用いられた例として、1960年から66年まで放送されたアニメ番組「The Flintstones」のテーマ・ソングがある。それを聞いた視聴者は、彼らにもかつて「陽気な在りし日」があったのだと考えたことだろう。同様に、1966年のハーマン・ハーミットの曲である「No Milk Today」が挙げられる。これは、イギリスのヒットチャートで上位10位に入り、アメリカでも40位になったものだ。歌詞にはこんな節がある。「No milk today, it was not always so / The company was gay, we had turn night into day」。1967年6月、ビートルズの新作である「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」への評をのせた「タイムズ」誌は、こういっている。「ビートルズはポップ・ミュージックの進歩という希望を復活させた。それは、この新しいゲイなエルピー盤でなしとげられたのだ」.。
上述のような、全世界的な流れとしてホモセクシュアルな意味が付されてきたのかということには議論の余地もいくらかある。「ゲイgay」がGood As youのことだという主張もされているが、このフォークロア的アバクロニズムによる語源説が証明されているわけではない。* レズビアン
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