全員集合
無修正 Hey動画 - 素人 奈々 (しろハメ)
2009年7月30日 ... これが抜けるんです!【夏休み企画】おっぱい丸出しだよ!全員集合; 「大丈夫か!? と心配してしまうぐらいロリロリで笑顔がチョカワな未成年GALとスレンダーで エギゾティックなGAL2人組…。犬がエサを貰うみたいに. ...
http://click.dtiserv2.com/Direct/9352999-352-115885/moviepages/4017/022/index.html
カリビアンコム じゅん、ちあき、りの トリプルキャスト ~超ヤリマン ...
2006年1月21日 ... シーン代わりビキニで部屋に全員集合!えええええ~~~18歳の ...
http://click.dtiserv2.com/Direct/9006999-6-115885/moviepages/012106-068/index.html
無修正 Hey動画 - 素人なみ (しろハメ)
2009年11月2日 ... これが抜けるんです!【夏休み企画】おっぱい丸出しだよ!全員集合 ...
http://click.dtiserv2.com/Direct/9352999-352-115885/moviepages/4017/030/index.html
無修正 Hey動画 - 素人 くみ (しろハメ)
2009年3月1日 ... これが抜けるんです!【夏休み企画】おっぱい丸出しだよ!全員集合 ...
http://click.dtiserv2.com/Direct/9352999-352-115885/moviepages/4017/012/index.html
無修正 Hey動画 - 素人あみ (しろハメ)
2010年7月1日 ... これが抜けるんです!【夏休み企画】おっぱい丸出しだよ!全員集合 ...
http://click.dtiserv2.com/Direct/9352999-352-115885/moviepages/4017/046/index.html
カリビアンコム NO.1 無修正動画サイト
2011年2月9日... 12月30日「ウサギ年だよ!全員挿入!」 特設ページはコチラから; 12月29日波多野 結衣・「新年挨拶先行プレゼント」 .... オナニスト素人が結集!エッチな話に花が咲く !むすめ5人による大乱交!! もっとエッチしたい人妻集合! ...
http://click.dtiserv2.com/Direct/9006999-6-115885/index2.html
別のワードで検索!
すべて(修正済含む)
無修正のみ
YAHOO!JAPANで
全員集合
を検索
Googleで
全員集合
を検索
全員集合
といえば…
[
全員
]
[
集合
]
[
Hey
]
→[
全員集合 Hey
]
[
おっぱい
]
→[
全員集合 おっぱい
]
[
これ
]
→[
全員集合 これ
]
[
ハメ
]
→[
全員集合 ハメ
]
[
丸出し
]
→[
全員集合 丸出し
]
[
企画
]
→[
全員集合 企画
]
[
修正
]
→[
全員集合 修正
]
[
動画
]
→[
全員集合 動画
]
[
夏休み
]
→[
全員集合 夏休み
]
[
素人
]
→[
全員集合 素人
]
[
GAL
]
→[
全員集合 GAL
]
[
カリビアンコム
]
→[
全員集合 カリビアンコム
]
[
ロリ
]
→[
全員集合 ロリ
]
[
巫女
]
→[
全員集合 巫女
]
全員集合
とは
『'''
8時だョ!全員集合
'''』('''はちじだよ!ぜんいんしゅうごう''')は、
1969年
10月4日
から
1985年
9月28日
に、
TBS
系列で毎週
土曜日
の20:00 - 20:54(
JST
)に放送された
ザ・ドリフターズ
主演の'''国民的人気'''
バラエティ番組
である。常に日本のバラエティ番組を代表する存在であったのはもちろんのこと、記録にも記憶にも残る伝説の番組として現在も語り継がれている。
本項では終了した後のつなぎの番組である『'''ドリフフェスティバル・全員集合ベスト100'''』についても記述する。番組名は単に『'''全員集合'''』と称されることもある。ザ・ドリフターズによる
コント
からなる前半部分、ゲストの歌のコーナーを挟んで
体操
や合唱団などのミニコントからなる後半部分から構成されていた。
毎週
土曜日
、午後8時から53分間の放送。年に数回は9時25分まで約1時間半の拡大放送もあった。番組終了後、通常は8時54分から
スポット
の『
JNNフラッシュニュース
』となる。
放送期間は16年間。ただし、途中1971年4月から9月の半年間は、ドリフの先輩格である
ハナ肇とクレージーキャッツ
がメインを務めた『
8時だョ!出発進行
』が放送された。
基本的には
生放送
だが、開始から
1970年代
前半頃までは
日劇
や
浅草国際
での舞台公演があったこと、ドリフの休暇やスケジュールの都合などで収録・
録画
での放送となった回もあった(開始当初の1か月分も録画放送だった。なお、極めて珍しい例として、
1975年
4月5日
放送分はドリフがその日に同じ事務所の『
ザ・ピーナッツ さよなら公演
』の開催に顔出しするため録画となったこともある。また
近畿地区
のネット局が
ABC
から
MBS
に変わって最初の放送だった)。
毎週各地で
公開放送
・
生放送
あるいは公開録画を開催した。第1回放送は
三鷹市公会堂
からの録画放送。原則としてTBSエリア内の
首都圏
(
渋谷公会堂
や
日本青年館
、
船橋ヘルスセンター
大劇場、大宮市民会館、入間市民会館、
東京厚生年金会館
など、前期には
文京公会堂
もあり、同エリア内では
取手市
民会館まで遠征したこともあった)を中心とし、時には
札幌
、
仙台
、
福島
(加藤の出身地)、
新潟
、
名古屋
、
桑名
、
金沢
、
福岡
、
宮崎
(おおむね、地方局の開局○○周年記念の一環)などでも開催した。ただし、
主に『
ザ・ベストテン
』など音楽・バラエティ番組のほとんどで使用されたTBS・Gスタジオ(旧社屋で
1994年
10月2日
まで運用していた)を利用した大掛かりな舞台装置(随時、廻り
舞台
を活用。1984年は1度もなく、最後に廻り舞台を使用したのは
1985年
6月第1週目の土曜日の放送だった〔1985年ではこの回のみ〕)と、入念に練り込んだコントや、大仕掛けの
屋体崩し
に代表される豪快な
オチ
など、出演者たちの身体を張った笑いが、
小学生
を中心とした老若男女を問わず幅広い層の視聴者に熱狂的に受け入れられた。また、生放送にこだわったため、停電やボヤ騒ぎ、ゲストの負傷等の
アクシデント
に見舞われた回もあった。
毎回のように
三船敏郎
、
若山富三郎
、
菅原文太
、
加山雄三
、
田宮二郎
などの大物
俳優
や、当時の売れっ子
アイドル
を呼び、しかも彼らが積極的にコントに参加するなど、かなりの予算と労力を要した。放送2日前からドリフメンバーやスタッフによる打ち合わせを行ったり(もちろんその間、メンバー全員この番組の準備に集中)、「番組がスランプに陥っている」と言う理由で、通常のレギュラー放送を一時休止して(その間は総集編を放送)、ドリフメンバーによる「合宿」までしたという。かつてドリフの
マネージャー
を務め、現在ドリフメンバーが所属する
イザワオフィス
社長の
井澤健
が『
週刊新潮
』の
インタビュー
で「時代が変わりすぎて、現在ではもう再現不可能な要素が多すぎる」と語っている。これは、安全性の問題や、タレントの保険の費用高騰などが主なものである。
平均視聴率27.3%、最高視聴率は
1973年
4月7日
放送の50.5%(
ビデオリサーチ
調べ、
関東地区
にての数値)。最盛期には40〜50%の
視聴率
を稼ぎ「'''お化け番組'''」「'''怪物番組'''」と呼ばれ、
土曜8時戦争
と呼ばれる視聴率競争にあっても絶対王者として君臨する存在であった。また、この番組が全盛期を迎えていた頃は、TBSでは土曜夜の
プロ野球中継
が組まれる事はほとんど無かった。『
料理天国
』、『
まんが日本昔ばなし
』(
MBS
制作)、『
クイズダービー
』、『
Gメン'75
』と共にTBSの1970年代から1980年代の土曜夜の黄金期の時代を誇ったが、
1981年
春からスタートした
フジテレビ
の裏番組『
オレたちひょうきん族
』の台頭により、
1982年
ごろから番組人気に陰りが見え始め、土曜夜8時枠の抜本的な見直しにより
1985年
9月28日
に16年の歴史に幕を下ろした。TBSは1985年7月の終了発表の中で「生放送を公開形式でやっていくことには限界があった。ナンセンスギャグもやり尽くした」ことを理由に挙げていた。
その後、1985年
10月5日
は約2時間枠で
電話リクエスト
形式で過去の名場面集を放送したのち、年内いっぱいは
総集編
番組『'''ドリフフェスティバル・全員集合ベスト100'''』でつなぎ、
1986年
1月から同じくドリフの
加藤茶
と
志村けん
をメインに据えた『
加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ
』が始まった。ドリフメンバーがメインの番組は
1992年
9月の『
KATO&KENテレビバスターズ
』の終了まで続いた。番組は下記の順番で行われていた。
●オープニング
生放送開始1分前、すなわち19時59分の時点ではステージ上にはいかりやとゲストのみが上がっており、ドリフの残りのメンバー(手前から加藤・仲本・高木・志村の順で縦に並んでいる)は観客席の通路に待機している。20時ちょうど(正確には20時00分01秒、TBSは
時報
が鳴るため)になると、いかりやがカメラに向かって大きく指を差しだし「8時だョ!」と掛け声をかける。それと呼応するように、観客席から観客とドリフの残りのメンバー4人が片手を拳にして上げながら「全員集合!」と返し(連動して自動的にカメラの向きが変わる)、ゲイスターズの演奏と共に4人が客席後方から舞台上に登場する。この間、テレビの字幕ではタイトル文字が飛んでゆき、いったん集まって「全集員合」となり、再び集まって「全員集合」タイトルを構成していた。4人はこの演奏が鳴り終わるまでに素早くステージに上がらなければならない。その後、いかりやのちょっとしたトークを5秒程度挟み(年内最後の放送に当たる場合は「本年最後の全員集合です」が挙げられる)、「行ってみよ~!」もしくは「ゆけ~!」という掛け声にあわせてオープニング
テーマ曲
『ちょっとだけョ!全員集合』が流れ出す(ただし残り時間などの関係で演奏を省略する回や原曲より早送りで演奏される事も多かった)。このオープニングテーマは
北海道
の
民謡
である『
北海盆唄
』の替え歌で、使用は『8時だョ!出発進行』と入れ替わりで番組が再開した
1971年
10月2日
の放送から。それ以前は放送当時のドリフの新曲を使っていた(この時、
ズンドコ節
がオープニングで使われ大ヒットにつながった)。また、同じ『北海盆唄』の替え歌で『ドリフ音頭』という曲があるが、このオープニングテーマとは別物である。振付は
藤村俊二
。もともと3コーラス(2コーラス目はキーが低い)流していたが、1984年10月から2コーラスに短縮された。このオープニングテーマの演奏中にテレビの画面ではスタッフロールが流れる。
前番組『
クイズダービー
』が間もなく終わろうとする頃からいかりやが観客に対し、何度も掛け声の練習を行わせる。2分前(19時58分)になるといかりやは練習にあたって観客に対し、「ゲンコツを握って大きく上へ突き上げていただきます。」と案内し、それと連動して残り4人のメンバーも観客とともに観客席通路上で
シュプレヒコール
の練習を行い、本番開始に備える。時報までの残り時間が少なくなり、残りあと10秒を切ってしまうといかりやは「○秒前」と口ずさむ。生放送である以上、オープニング終了後、出演者全員はそれぞれの出番に間に合うように、素早く着替えや化粧替えなどを短時間で済まさなければならない。ここでいったん幕が下り、観客に対しいかりやは「只今、コマーシャルに入りました。番組ではここが一番忙しいところであります。」と案内する。
●22分コント
この番組のメイン。通称「前半」。時間にして20時04分頃。開始時に「○○(会場名)から生放送」のテロップが出る。代表的なコントは「
8時だョ!全員集合
のコント
」の項の「
前半コント
」を参照。20時26分頃に『
盆回り
』が流れ始めたら、ゲストの歌1に間に合うように30秒にも満たないといわれる短時間で素早く片付けなければならない。このため、セットは自動的に可動する仕掛けになっている(建物類では
キャスター
が付けられていたため、その建物類と床面との間にわずかな隙間があった。)。約15分コントとなった週もあり、この場合20時19分~20分頃に『盆回り』を流した。撤収作業が終わると、オープニングとほぼ同じく演奏者席が現われ、その場ですぐゲストの歌1に入る。
●ゲストの歌1
アイドル
歌手。『盆回り』が流れる3~5分前には舞台袖方向でスタンバイしている。
●ゲストの歌2・3
若手から中堅の実力派歌手・
シンガーソングライター
など(二組)。歌謡曲・ポップスなどが主体。
なお、このゲストの歌1・2・3については、出演者の顔ぶれやセットなどによって順序が若干左右することもある。
●少年少女合唱隊
ゲストと共に歌うコーナー。
パイプオルガン
が奏でる
ジャック・アルカデルト
の「
アヴェ・マリア
」と共にスタートし、司会役のいかりやが
神父
のような格好、残りの出演者が白いスモックに白いベレー帽で登場する。
この衣装に憧れた
アイドル
歌手も多かったという。いかりや以外のドリフのメンバーは半ズボンを穿いていた。基本型は童謡などをドリフとゲストで合唱。しかしコントでだんだん脱線していく。たいていトリは志村の定番ネタで、「
東村山音頭
」「ディスコ婆ちゃん」「早口言葉」「ワンダードッグ」「ナターシャとアヤコフ」はこのコーナーより誕生。末期(1983年2月19日)には消滅。1年7ヵ月後の15周年だヨ!全員集合で1度限り復活した。のちに『
ドリフ大爆笑
』のコーナーとして復活。このコーナー終了後、その流れでゲストの歌3の出番が待っているゲストは、素早く白いスモックを脱がなければならない上、またショートコントの出番も待っているゲスト(ドリフターズは全員)は、それに間に合うように短時間で衣装替え等を済まさなければならない。また、実際の少年少女合唱団と競演する回もあった。
●ゲストの歌4
主にベテラン格の歌手。演歌・歌謡曲が主体。
●ショートコント
通称「後半」、正式名称は「ベスト100」。
(初期の頃を除いて)いかりやは進行役。初めにいかりやの指揮によりゲイスターズが後半のテーマを演奏後、いかりやの「後半参りましょう、後半しゅっぱーつ」で始まる。コントの変わり目には「次参りましょう、次どうぞ」。コントは主にいかりや以外の4人とゲストによる。落ちの台詞は「コマーシャル(いってみよう)」。この際の撤収作業もエンディングに間に合うように短時間で素早く行わなければならない。
加藤茶の『ちょっとだけよ』や仲本工事の体操コーナー、ヒゲダンスはこのコーナーの一部。
●エンディング
エンディングテーマは『
ドリフのビバノン音頭
』(ザ・ドリフターズの『
いい湯だな
』の替え歌)。中間部分にある「はぁビバノンノン」の部分は加藤茶がゲストの一人に
マイク
を振りそのゲストが歌う。生放送ゆえ番組の残り時間次第でペースが少なからず変化する。時間が押してるときはタイムキーパーの(巻け)サインがもの凄く速かったとのちに加藤が他の番組でエピソードを語っていた。
テレビの画面では2コーラス目の演奏中に翌週のゲストを紹介するテロップが出る。
曲の終盤に加藤茶の「風邪ひくなよ」「風呂入れよ」「宿題終わったか」「歯磨いたか」など主に子供たちに向けた色々な掛け声が入り、最後は「また来週!」で終了。特に「歯磨いたか」「風呂入れよ」はスポンサー(ライオン歯磨・ライオン油脂(1980年1月から対等合併して
ライオン
となる。番組開始から終了まで一貫)など)に配慮したものと思われる。
「後半」の後のCM明けに放送されており、ほとんどの場合「後半」が押して途中からの放映になってしまったが、まれに最初から見ることができた。放送素材では、番組開始数十秒前から本番終了後数分程度までCM中であってもそのまま会場内の中継映像をノーカットで収録していたため、「後半」が押して途中からの放映の場合でも実際のステージ上では最初から流れている。
オープニング 20:00:00~20:01:00
前CM1、前提供、前CM2 20:01:00~20:03:20
22分コント、ゲストの歌1 20:03:20~
中CM1 1分30秒
ゲストの歌2・3、少年少女合唱隊、ゲストの歌4
中CM2 1分30秒
ショートコント
後CM 1分
エンディング ~20:52:35
後提供、後タイトル 20:52:35~20:53:00(終了)
ステーションブレイク
20:53:00~20:54:00
JNNフラッシュニュース
20:54:00〜
初期は56分番組であった。1972年には55分、1982年には54分に短縮。また、オープニングは1分40秒であったが、1984年10月以降メンバー4人が客席後方から舞台上に登場する場面をカットし、テーマ曲を3コーラスから2コーラスにすることにより、1分に収めた。いかりやが後にインタビューで「決して子供向けの番組にしたつもりはない」と述べている通り、
加藤茶
の
ストリップ
を題材にしたギャグや人形の首をちょん切るギャグ、小型の
ギロチン
を使うシーン(実際に切ったものは
スイカ
)などがあり、他にもシュールなネタや下ネタが所々で含まれるなど、後世に言われるほど若年層向けの内容にはなっていない。
楽屋落ちは一切禁止されていた。
加藤茶
が
アドリブ
で
楽屋落ち
をやった際には
なべおさみ
を通じて
渡辺晋
(
当時の所属事務所
の社長)直々に加藤が叱りを受けたという。本番組からは、様々な流行語や、当時の小学生に影響を与えたギャグが誕生した。全ての項目を書き尽くすことは不可能であるため、幾つかの代表的なものを記す。CMや、別番組からのコピーを除く。
いかりや長介
**'''オィッスー!'''
**'''いってみよー!'''
荒井注
**'''なんだバカヤロー'''
**'''This is a pen!'''
加藤茶
**'''1、2、3、4、やったぜカトちゃん!!'''
**'''くるりと回ってうんこチンチン'''
**'''いっかりやに、怒られた(または、「いかりやさんに怒られた」)'''
**'''ちょっとだけよ〜。あんたも好きねぇ〜'''(この言葉は当時PTAの槍玉に挙げられた。また伴奏曲の「
タブー
」(
ペレス・プラード
楽団風のアレンジ)は、当時はギャグを連想させる曲として広く知られていた。いかりや長介も病院のコントで1度だけ行ったことがあった。この時、1989年10月放送の「全員集合スペシャル2」で特別ゲストとして登場していたいかりやはある視聴者からの投書で『「いかりやよくやった!」じゃないんですよ。「いかりやドロボー!」って言うんですよ。』という発言をしている。)
**'''どうもスンずれいしますた'''
**'''風呂入れよ!'''
**'''痛いの痛いの飛んでけ〜'''
**'''いや〜まいった!まいった!'''(仲本工事とのペア。志村時代にはほとんど使われなかった)
**'''母ちゃん、いっぽんつけろや'''(「母ちゃんコント」の最中、子供の役で登場しつつこれを言う)
**'''タバコ シル!'''(といいながら、シャツをまくる)
**'''平賀整形外科!'''(いかりやを指して)
**'''やはり人形は顔が命です。吉徳大光作ブス人形!'''(いかりやを指して)
志村けん
**'''カラスの勝手でしょ'''(童謡『
七つの子
』の替え歌フレーズ。このフレーズは当時PTAの槍玉に上がった)
**'''おこっちゃヤーヨ!'''
**'''最初はグー'''(仲本工事とのジャンケン決闘。「最初はグー、いかりや長介(チョキ)、頭はパー」などと発展。これは当時地方により違っていたジャンケンの掛け声の名称を統一することになった。志村が大人数で酒を飲んでいた際、酔ってなかなか手が揃わないことから思いついたという。このギャグがきっかけで現在では日本中に認知され、一般的に用いられている。)
**'''ア〜ミ〜マ〜'''(「I, my, me」のデタラメな用法。学校コントより発生。この言葉は、子供がデタラメな英語の用法を覚えるということで、当時PTAの槍玉に挙げられた。また後に『
飛べ!孫悟空
』でも使用された)
仲本工事
**'''はいポーズ!'''
**'''コ・マ・オ・ク・リ・モ・デ・キ・マ・ス・ヨ'''
観客(公開生放送が売りのこの番組にとって観客もある意味では重要な「出演者」の一人である)
**'''志村! 後ろ! 後ろ〜!'''(志村が一人になったときに後ろからお化けなどが出てきて志村が気づいていない時に観客が叫ぶ。このネタは現在でも主にインターネットコミュニティ上で「'''志村〜、○○、○○'''」と言う具合に、相手の間違いに対するツッコミで多用されている)
この「後ろ〜!後ろ〜!」は、実際のギャグの間の取り方にもつかわれており、観客と演者との一体感をあらわす言葉とも言える。この事は、いかりや自身の著作である「だめだこりゃ」に書かれている。
※いかりや長介の「'''だめだこりゃ'''」、「'''次いってみよう'''」は
フジテレビ
『
ドリフ大爆笑
』から、加藤茶の「'''加トちゃんペッ!'''」は
日本テレビ
『ホイホイミュージックスクール』から、仲本工事の「'''コ・マ・オ・ク・リ・モ・デ・キ・マ・ス・ヨ'''」は
松下電器産業
のホームビデオ「
マックロード
」のCMから、志村けんの「'''キントキント〜'''」はドリフターズ出演の
人形劇
であるTBS系の『
飛べ!孫悟空
』からそれぞれ生まれた流行語である。加藤茶と志村けんの「'''もう酒'''」「'''やめますか?やめられない?'''」は
ロート製薬
の『パンシロン液』(正式にはパンシロン胃腸内服液)のCMでのギャグだが、『全員集合』のコントでも披露されたことがあり、このときには加藤茶が「パンシロン液とは駅の名前ではありません」と言っていかりやにつっこまれるというおまけもあった。
いかりや長介
**メガホンどつき
荒井注
**いじわるじいさん
**先生と同級生の落第し続けた小学生
加藤茶
**
ストリップ
嬢(ちょっとだけよ)
**ドジなおまわりさん
**はげづらおやじ(加藤茶太郎)
**オエ〜ッ
**イックシッ(
くしゃみ
)
**5、4、3、2、1、デーン(寄り目)
**
ヒゲダンス
**
歌舞伎役者
志村けん
**
東村山音頭
**
白鳥
(東村山音頭内の「一丁目」の衣装)
**
勝手にシンドバッド
(
沢田研二
の『
勝手にしやがれ
』と
ピンクレディー
の『
渚のシンドバッド
』の振り付けをミックスしたギャグ。
サザンオールスターズ
の同名曲のタイトルの元ネタになっている。)
**ヒゲダンス
**ディスコばあちゃん
**
バカ殿様
(後にフジテレビにて独立した番組となる)
**ジャンケン決闘(仲本とのペア)
**
宮崎美子
の
ミノルタ
(現・
コニカミノルタ
)のCMの物まね(当時流行したCMのコピー)
**スイカの早食い
仲本工事
**体操(ハイポーズ)
**
ジャンケン
決闘(志村とのペア)
高木ブー
**
ピップエレキバン
(当時流行したCMのコピー)
すわしんじ
(現・すわ親治)
**
ブルースリー
**鏡に映った志村けん
**奇声
桜田淳子
**夫婦コント
小柳ルミ子
**浮気コント(志村との二人羽織)
ジャンボマックス
カラス
舞台を走って横切る全裸の男の子、バスタオルを巻いた若い女性
猫やポニーやラクダ(仲間外れにされた志村が一人で歌を歌うとそれにちなんだ本物の動物が舞台を横切る)
エリマキトカゲ
(
三菱自動車
の
ミラージュ
CMアニマル)
●
金ダライ
'''金ダライといえばドリフ'''とも言うべき定番小道具である。まず最初に
ヤカン
や
ボウル
が落下してきて、その後に金ダライ、というのがパターン。多くは仕掛けやスタッフによる落下が常だが、ドリフメンバーが他のメンバー(主にいかりや)にめがけて落下させることもある。金ダライは他のコメディ系バラエティ番組にも波及し、ドリフメンバーによる『
加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ
』や『
志村けんのバカ殿様
』はもとより、他のコント集団、番組でも「'''ネタに困ったら金ダライ'''」というような使われ方が、現在もなおしばしば見受けられる。
『TBSテレビ55周年記念版! 「8時だヨ! 全員集合」第4弾DVD-BOX!!』の初回特典となった。
●天板が外れる机
学校コントや会社コントでズッコケの時の効果が出るように、いかりやの机の片側が軸になり、天板の手前側を強く押すと反対側が跳ね上がるようになっていた。いかりやがずっこけると顔面を机の天板が直撃する。なお、顔面直撃の際にいい音が出るように材質はトタンを用い、また、リハーサルで用いたものはそのまま使わずに本番前に新しいものに付け替えていた。
●
メガホン
いかりやがツッコミに使う小道具。忍者やコンバットコントなどでツッコミを入れる時にメガホンで相手の頭を叩く。本来の拡声器として使われることは少ないが、その場合は遠く広く声を飛ばすのではなく、メンバーの耳元で怒鳴る事が多い。また、それをやる・やられるのは加藤・志村が多い。
●鈍器
鈍器ではあるがハンマーや
バール
の類ではない(ただし、
金槌
は使われたこともあった)。'''
一斗缶
'''や'''
海苔
缶のフタ'''等、視覚的、聴覚的に派手なものが使われる。志村や加藤のオーバーリアクションが特に一般に受けた。一方、いかりやは(特に志村に)全力で殴られるため、本番中に痛がっていたこともある。変形し衝撃を吸収しやすい素材であるため、打撃力はそれほど大きくないが、「子供が真似をしたらどうするのか」と前述の金ダライ共々槍玉に挙げられた。なお、一斗缶は叩かれた際、痛くないようにするためと音が強く響くようにするために上蓋を1枚まるごとくり抜いて外してある。しかし、志村はあえて一斗缶の角でいかりやに殴りかかる事もあった。
作・構成
:
塚田茂
、前川宏司、
奥山侊伸
、
田村隆
、佐々木史朗、大倉徹也、福地美穂子、松原雅彦、堀英伸、宮田和実、
松岡孝
、かとうまなぶ、石川雄一郎、
下山啓
、鈴木哲、栽松美晴、原すすむ、前田昌平、前岡晋、小川美篤 、
高田文夫
ほか
音楽
:
たかしまあきひこ
/
山本直純
、青山勇
演奏:森剛康とゲイスターズ(1969年-1973年)、
岡本章生とゲイスターズ
(1973年 - )
美術デザイン:
山田満郎
、浦上憲司
美術製作:西川光三
プロデューサー
:
居作昌果
演出→プロデューサー:古谷昭綱、森本仁郎、
塩川和則
、高橋利明
演出
:中村寿雄、井原利一、副島恒次、峰岸進、西川章、服部晴治、豊原隆太郎、平山賢一、中畑義昭、保坂奉正、東修、高柳等、
久世光彦
、西内綱一、赤地偉史、深尾隆一、水留章、
加藤嘉一
、難波一弘
**高橋は番組初期の頃にADとしてスタッフに加わり、後にディレクター→プロデューサーと昇格。後番組『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』のプロデューサーも務めた。
制作協力:
渡辺プロダクション
製作著作:TBS
岡本章生とゲイスターズのいる演奏台(バンドステージ)と背景のデザインは年代により変わっている。
初代デザイン:(ひげ柄をモチーフにしたデザイン。背景の頭上に『日立』、『ライオン歯磨、油脂』(初代スポンサー)の看板が掲げられていた) 1969年 - 1971年前半
2代目デザイン:(丸の形をいくつか重ねたようなデザイン。9代目と同じデザインだが、2代目が大きめ)1971年後半 - 1972年前半
3代目デザイン:(左右対称の三角形の斜辺部分を湾曲のようなデザイン)1972年前半 - 1972年後半
4代目デザイン:(丸や楕円形をモチーフにしたもの)1972年後半 - 1973年前半
5代目デザイン:(枠の中に丸をモチーフにしたもの)1972年後半 - 1974年(廻り舞台のない週に設置されていたが、廻り舞台のある週でも設置されていたことがある。)
6代目デザイン:(三角をモチーフにしたもの)1973前半 - 1975年(廻り舞台のない週に設置されていた。)
7代目デザイン:(三角をダイヤモンドの様にモチーフにしたデザイン)1973年後半 - 1975年前半(廻り舞台のある週、演奏台は常時同じデザインに固定されている)
8代目デザイン:(左右対称の三角をモチーフにしたデザイン)1975年前半(廻り舞台のない週に設置されていたが、廻り舞台のある週でも設置されたことがある。演奏台は7代目デザイン)
9代目デザイン(丸の形をいくつか重ねたようなデザイン。デザインの名称は不詳):1975年後半 - 1985年(最終回まで常時同じデザインに固定されている。1回だけ
正月
の絵画が掲げられていた)。
DVD
のジャケットやあらすじが書かれている「コントファイル」も一部このデザインが使われている。なお、初期のバンド席(ボックス)には「TBS」(旧ロゴ<1991年9月までのもの>)が入っていた(これは『
TBS歌のグランプリ
』でも同様である)。
1976年3月6日の
新潟県民会館
からの生放送でバンド席(ボックス)ではゲイスターズオリジナルのものでなく、
新潟放送
の略称である「''BSN''」ロゴ(1992年3月まで使われていた1世代前ロゴ)が入っていたものを使用していた。
廻り舞台のある週では背景デザインは2分割になっているか、アクリル板の後に白い幕で覆っていた。
'''
ザ・ドリフターズ
'''
**
いかりや長介
(総合司会兼座長)
**
高木ブー
**
荒井注
( - 1974年3月、その後4回ゲスト出演)
**
仲本工事
**
加藤茶
**
志村けん
(1973年12月 - 1974年3月、ドリフ見習い。1974年4月より正メンバー)
**
すわしんじ
(現・すわ親治、1972年4月よりドリフ見習い)
ゴールデンハーフ
**エバ
**マリア(
森マリア
)
**ルナ
**ユミ
キャンディーズ
**
伊藤蘭
**
田中好子
**
藤村美樹
アパッチ
**
ミッチー
**
アコ
**
ヤッチン
トライアングル
(当初は「キャンディーズJr」)
**
小森みち子
**
上野真由美
**
大塚邦子
藤本あき
(トライアングル時代は「加藤アキ」名義)
福原緑
ベリーズ
16年間の最多ゲスト出演は準レギュラーを除くと
和田アキ子
である。『15周年だョ!全員集合』の放送日時点での最多出演ゲストは
小柳ルミ子
だった。
『
サインはV
』の立木大和バレー部メンバー、
三船敏郎
、
若山富三郎
、
菅原文太
、
加山雄三
、
田宮二郎
といった特別ゲストもしばしば登場した。
西城秀樹
(73回出演)
沢田研二
(66回出演)
郷ひろみ
(56回出演)
布施明
(55回出演)
細川たかし
(45回出演)
五木ひろし
森進一
内山田洋とクール・ファイブ
前川清
田原俊彦
近藤真彦
あいざき進也
サザンオールスターズ
フォーリーブス
シブがき隊
(
本木雅弘
・
布川敏和
・
薬丸裕英
)
The Good-Bye
北島三郎
角川博
草川祐馬
松崎しげる
ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
山川豊
加山雄三
西郷輝彦
橋幸夫
森田健作
城みちる
湯原昌幸
三船敏郎
若山富三郎
菅原文太
田宮二郎
坂本九
桂三枝
天本英世
ハナ肇とクレージーキャッツ
植木等
せんだみつお
伊東四朗
堺正章
井上順
野口五郎
平尾昌晃
錦野旦
少年隊
小柳ルミ子
(89回出演)
由紀さおり
(53回出演)
和田アキ子
(48回出演)
いしだあゆみ
(47回出演)
高田みづえ
(44回出演)
ちあきなおみ
桜田淳子
小林幸子
アグネス・チャン
ピンク・レディー
(
増田恵子
・
未唯
)
松田聖子
石野真子
河合奈保子
大場久美子
早見優
松本伊代
堀ちえみ
岡田有希子
大西結花
菊池桃子
柏原芳恵
パティ
宮崎美子
浅田美代子
天地真理
林紀恵
榊原郁恵
南沙織
研ナオコ
夏木マリ
森山良子
八代亜紀
藤圭子
石川さゆり
日野美歌
藍美代子
ミミ
ザ・ピーナッツ
(
伊藤エミ
・
伊藤ユミ
)
アグネス・ラム
アンルイス
石川ひとみ
倉田まり子
岩崎宏美
岩崎良美
森昌子
太田裕美
麻丘めぐみ
山口百恵
山本リンダ
新藤恵美
川中美幸
都はるみ
黛ジュン
樹木希林
中森明菜
小泉今日子
石川秀美
竹下景子
小川知子
畑中葉子
梓みちよ
藤森祥平
高野貴裕
当初企画段階で、TBS社内外から「ドリフよりも世間に名の知れているクレージー(
ハナ肇とクレージーキャッツ
)を使った方がいいのでは」という声があった。
通常は後半コントに出演しない
いかりや長介
が、1度だけ、誤って後半コントの大オチを行う前に舞台に出て来てしまい、罰としてそのコントの大オチをいかりや自身が行うはめになった、というハプニングがある。
番組初期には、
小人レスラー
のコーナーもあったが、すぐに消滅した。理由は不明だが、小人レスラーを笑いのネタにする事によって差別やいじめを助長するという批判により、打ち切られたという記述の文献がある。
セットの家の中でコントを行い、最終的に外に出て、家自体を壊してしまうという内容のコントを行うはずが、演じていた
加藤茶
と
志村けん
が、勢い余って中に入る前に家を壊してしまい、結局コントが全く出来なかったことがある。これは、出演者のミスとしては番組史上最大のハプニングとされる。
撮影コントで志村けんが
松居直美
に突っ込みをいれた際に松居の歯が瓶に当たって前歯が欠けるというハプニングがあったが、このハプニングの後、志村と番組のスタッフが松居に謝罪したことを松居本人が語っている。
この番組が放送されている時期のTBSの4月や10月の番組再編成の時期に放送される特別番組は『4(10)月だョ!全員集合』(2時間番組で火曜日夜に放送、土曜日昼にも再放送された局もある)と題され、ザ・ドリフターズが進行役として出演していた。番組後半の「少年少女合唱隊」は出演者全員が参加し、非常に好評だった(
早口言葉
もやった事があった)。また、特番(末期)の中で史上最大の
ドミノ倒し
が行われる時は、ドミノの最初の牌を倒すのは必ずいかりやだった。
**そのドミノ倒しだが、初めて行った時、ドリフ達が作ったドミノコースを、レポートに来た
松宮一彦
(当時TBSアナウンサー)がうっかり壊してしまい、大騒ぎになった事が有った。
1980年代の
1インチVTR
が登場するまで、生放送の同時録画は
2インチVTR
が使われていたが、当時はテープが高価(60分あたりの当時の単価は10万円)だったために他の番組ではほとんどが消去される中、この番組は第2期開始の
1971年
10月放送分以降1985年9月の最終回までほぼすべての回が
VTRテープ
に記録され保存されている(TBSのバラエティー番組の中では2インチVTRで最も多く残されているとされている)。これが後のリクエスト特集などの特別番組やDVD化に活用された。ただしDVD版の収録に選ばれたコントは、
ステレオ放送
化された
1982年
以降のものが比較的多く選ばれている。
横浜市
の
放送ライブラリー
には、
1978年
3月4日
放送の第412回と
1984年
9月29日
放送のスペシャル版『15周年だョ!全員集合』が保存されている。
TBS(製作局)
北海道放送
青森テレビ
(
1975年
3月まではNETテレビ(現:
テレビ朝日系列
)との
クロスネット局
、
1974年
10月から)
岩手放送
東北放送
福島テレビ
(
1983年
3月までは
TBS系列
・
フジテレビ系列
のクロスネット局、1983年4月からは
フジテレビ系列
ただし、1983年4月に福島テレビが
フジテレビ系列
に
ネットチェンジ
した後も
1983年
4月
~
9月
の間は視聴者保護のため
番販
扱いで放送した。また、1983年10月1日から12月3日放送分は福島県では『全員集合』は未放送だった。未放送期間中はTBS・東北放送・新潟放送で『全員集合』が視聴可能だった。なお福島テレビは『全員集合』の番販ネット終了後、『
オレたちひょうきん族
』の同時ネットに切り替えた。
、1983年9月まで)→
テレビユー福島
(
1983年
12月の開局より)
新潟放送
信越放送
テレビ山梨
(
1970年
4月から)
北陸放送
静岡放送
中部日本放送
朝日放送
(現在は
テレビ朝日系列
)→
毎日放送
(1975年3月の
腸捻転解消
に伴う移行)
山陽放送
(当初は岡山県のみ、1983年4月から香川県への
相互乗り入れ
で香川県でも放送)
中国放送
山陰放送
(当初は島根県のみ、1972年9月から鳥取県への相互乗り入れで鳥取県でも放送)
テレビ山口
(当時は
フジテレビ
系列とのクロスネット局。さらに1978年9月まではテレビ朝日系列との
トリプルネット局
でもあった。1975年4月から)
テレビ高知
(1970年4月から)
RKB毎日放送
大分放送
長崎放送
(
1984年
4月から
長崎放送がTBS系ではあるものの、当時はニュース以外事実上
日本テレビ系列
・
テレビ朝日系列
とのトリプルネット状態で、しかも1984年3月まで土曜20時台は長年日本テレビ系列番組の放送枠であった。1984年4月からの長崎放送での『全員集合』のネット開始までは、熊本放送で『全員集合』が視聴可能だった。
)
熊本放送
宮崎放送
南日本放送
琉球放送
(第2期からネット開始)
当時国民的お化け番組といわれ人気を誇っていたものの意外なことに系列外局での放送は1983年4月から9月までの福島テレビのみであった
。また山形県
『全員集合』の後番組である『
加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ
』は山形県では
テレビユー山形
で、富山県ではテレビユー富山(現・
チューリップテレビ
)で放送された。
・富山県
(ここまでは当時、TBS系局が無かった)・福井県・徳島県・佐賀県(TBSのネット局は元々から無い)・秋田県・愛媛県(当時日テレ系の
秋田放送
と
南海放送
がTBS系に
番販
で参加してあったが放送されず、2局の競合局への番販も行われなかった)・沖縄県の宮古島・石垣島・与那国島(当時、琉球放送の先島諸島の中継局がなかった)・大東島(通信衛星がなかった)、さらに東京都の小笠原諸島(大東島同様)では、放送されず、視聴不可だった。さらに長崎県でも14年間は放送されなかった
。そのためにこの地域ではNHK、日本テレビ、フジテレビ(
ドリフ大爆笑
)、テレビ朝日の番組で我慢せざるを得なかった。ちなみにテレビユー山形は1989年開局、テレビユー富山(現:
チューリップテレビ
)は1990年開局、伊予テレビ(現:
あいテレビ
)は1992年開局。伊予テレビはJNN系列で最後の開局となった。
TBS土曜夜8時台の番組としては長期放送(16年)であり、この記録は2010年現在でも破られていない(後番組の『ごきげんテレビ』は6年3ヵ月、土曜日時代の『
どうぶつ奇想天外!
』は6年半の放送だった)。
番組のタイトルロゴデザインは第1期と第2期で異なっている。ちなみに第2期のタイトルロゴデザインは『
8時だョ!出発進行
』のタイトルロゴをそのまま踏襲したものとなっている。
この番組のオープニングテーマ(作曲・
山本直純
)のアレンジ版が「
キリン
淡麗グリーンラベル」のCMに使用されている。このCMには志村けんのほか、公募で選ばれた、ザ・ドリフターズのメンバーに容姿がよく似た外国人5人が出演している。彼らは役づくりの必要上『全員集合』のVTRを見ている。さらに、2007年秋からは志村のひげダンス(衣装もひげダンスの衣装)とひげダンスミュージックも流れている。エンディングに歌われたテーマ曲は、2007年4月時点で
グリコ
・ポスカムのCMに使用されている(こちらもアレンジ版)。
本番組のコント「志村の
バカ殿
」のために番組スポンサーである
コナミ
がファミコンソフト『
ハイパーオリンピック
』のプレイヤーの片方が殿様となっている特別バージョンを作成した。コント内で志村がプレイする姿が好評だったため、急遽、完全限定版として市販された。同ソフトは、現在、一部のレトロゲーム店でプレミア価格で取引されている。
後年、NTV系『
踊る!さんま御殿!!
』で
明石家さんま
が「俺たち(『オレたちひょうきん族』の主な出演者たち)は、『全員集合』は俺たちの先をトップで走っていてほしかったんですよ」と、必ずしも「打倒・全員集合」ではなかった旨を発言している。
番組関係者による回顧録として、以下の書籍がある。
『
8時だョ!全員集合
伝説』(双葉文庫、2001年刊 ISBN 4-575-71195-0)
『
8時だョ!全員集合
の作り方』(
双葉社
、2001年刊 ISBN 4-575-29204-4)
いかりや長介
著『だめだこりゃ』(
新潮文庫
、2003年刊 ISBN 4-10-443001-3)
番組の映像ソフトはいずれもDVDとして、
2004年
のザ・ドリフターズ結成40周年記念盤(箱の絵柄:黄色)
2005年
のTBSテレビ放送50周年記念盤(箱の絵柄:ピンク)
2008年
の番組誕生40周年記念盤(箱の絵柄:水色)
2010年
の最終盤(箱の絵柄・緑)
の4タイトルが
ポニーキャニオン
より発売されている。なお、最初のDVDでは
肖像権
の関係からゲスト出演者のシーンがオープニングとエンディングでごくわずかに入っている程度を除けば一切なく、かつ
荒井注
が在籍した時代の作品は収録されていないが、後2集では
キャンディーズ
をはじめとしたアシスタントや、ゲスト出演者によるコント、さらに最終盤では荒井注時代のコントも収録されている。
DVD-BOX発売時、初回プレス版の特典として番組のオープニングで着用していた
法被
が復刻されて同梱されていた(ドリフターズ40周年記念盤はドリフターズ用の白黒のもの、TBS50周年記念盤はゲスト用の青(男性用)またはピンク(女性用))。番組誕生40周年記念盤は初回プレス版の特典という括りではなく、ドリフの法被(メンバー5人5色の中からランダムで1着分)とコーナー台本の復刻版を同梱した“豪華版”と銘打ち、DVD3枚組のみの通常版とは別に、5万セット限定で販売された。
ジャケットのTBSロゴは放映期間中は全期間筆記体ロゴであったが1994年以降使用している現在のローマン体ロゴである。
居作昌果『
8時だョ!全員集合
伝説』(双葉社、1999年) ISBN 4-575-29016-5
山田満郎 著/加藤義彦 取材・構成『
8時だョ!全員集合
の作り方 笑いを生み出すテレビ美術』(双葉社、2001年) ISBN 4-575-29204-4
突撃!ヒューマン!!
- 『
8時だョ!全員集合
』と同じ公開録画番組という封印作品。
加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ
- 『
8時だョ!全員集合
』の後継番組で
ザ・ドリフターズ
の人気者である'''加藤茶と志村けん'''がMCをつとめた。
ドリフ大爆笑
- 『
火曜ワイドスペシャル
』(
フジテレビ
)で放送された、ドリフターズのもう一つの代表番組。全員集合とは違いスタジオコントがメインだが、
1990年代
には全員集合を模した公開コントや少年少女合唱団が登場した。
日本お笑い史
パイ投げ
- 日本のバラエティ番組で初めてパイ投げを行った番組として知られる。
ハナ肇とクレージーキャッツ
盆回り
- コント終了のBGM。現在も『
オールスター感謝祭
』の一部コーナーで使用中。
サビオ
- スポンサーに加わっていた
ライオン
が
ニチバン
から国内発売を譲り受けた絆創膏ブランド。
1975年
に新規発売されてから番組内でコマーシャルが流れた。
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
▼無修正動画をさがす▼
すべて(修正済含む)
無修正のみ
▼
検索ワードランキング
▼
[2012/2/8 6:08:04更新]
1位
少女ヌード
87560pt
2位
母乳 av女優 ランキング
46345pt
3位
岡崎靖子
43533pt
4位
裏本
42817pt
5位
母乳
41678pt
6位
デブ専
37237pt
7位
人妻熟女流出
36829pt
8位
ふたなり
36357pt
9位
瞳れん
35404pt
10位
萩原めぐ
34630pt
11位
エスワン 動画 吉沢明歩
33812pt
12位
av男優
32972pt
13位
巨根
32068pt
14位
椎名りく
30692pt
15位
あいだもも
29985pt
16位
KYOKO
29684pt
17位
av女優一覧
28027pt
18位
横山翔子
27557pt
19位
股縄
27421pt
20位
中出し
26586pt
21位
動画
26245pt
22位
マンコレ
25482pt
23位
あいみ
24900pt
24位
Rin.
24603pt
25位
ANNA
23889pt
26位
女教師凌辱教室佐山愛
22555pt
27位
CHACO
22263pt
28位
あいら
22186pt
29位
REINA
22123pt
30位
あゆむ
21597pt