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友達とは
'''友情'''(ゆうじょう)は、共感信頼の情を抱き合って互いを肯定し合う人間関係、もしくはそういった感情のこと。友情で結ばれた「友達」は互いの価値を認め合い、相手のために出来ることをしようとする。友情は、互いの好感、信頼、価値評価に基づいて成り立っているものである。

友情」という概念は、通例、近親者ではない人間同士のものを指して言う。しかし、今日では逆に家族に対してこれを使う例も出てきた。家族は永続的な関係で情緒的なものも多分に含まれるが、実際は結婚相手を除けば、あとは血縁関係であり、自由な意志により選択されたものではない。動物たちが互いに惹かれ合う場合には、動物の友情という別項目で語られることにする。

派生的な意味合いでは友情は、民族同士や国家同士のような政治的な関係についても、良い意味で、しばしば外交関係的なニュアンスで用いられることもある。たとえば、日本と中国の友情的な関係、ドイツ・フランスの友好といった例がある。日常会話の中では、友情的な関係はその絆の強さによって、微妙に区別されたさまざまな表現がなされている。最も繋がりの弱いものとしては「知り合い」、最も繋がりの強いものとしては「生涯の親友」がある。後者は、長期間離れ離れになることがあろうとも繋がりが切れず、双方が無条件で信頼し合うような関係についてを指す。友情の絆の強さは、相手のための自己犠牲という形で現れることも少なくない。

友情は、愛情とはいささか異なったものである。さらに友情は、原則的には、兵士消防士、ボーイスカウト、あるいは山登りでのパーティー、スポーツ選手、チームやグループでの活動仲間、労働組合の仲間といったよう場合に見られる連帯意識とは区別して考えられるべきものである。これらの場合、人は互いに連帯し、同じようなものの考え方で信頼し合って行動することが求められ、自発的な友情とは由来が異なるからである。

もちろん、友情は仲間意識と多くの共通点を持っているのも確かである。心理学者のヘルプ・ゴールトバーグ () は、友情は3つの段階を経過するという。ゴールトバーグ曰く、「仲間意識」のひとつ前の段階が「友情」だとのこと。

● ゴールドバーグはまた第一の段階を、「役に立つ友情」と呼んでいる。どんな理由にせよ、双方に有利なことや有益なことをもたらしてくれる限り、繋がっていく友情である。
● 第二のものは、「目的志向の友情」と言われる。何か特定の目的の下、たとえば余暇に一緒に草野球、釣り、ゴルフなどを楽しむための連れというわけである。
● 第三の段階は、文字通り「友情」である。特定の目標、目的、利用を追い求めることなく、ただ何かの機会に知り合って、互いによく熟知し合ったという友人。この関係の中での利害は伴わず、ただ友情それ自体が目的になっている。

友情」という言葉は、別の関係に色を添えるためにしばしば拡大解釈されて使われている。例を挙げるなら、だれかを仕事の上での友人という場合、仕事でいい関係を持ち、単なる同僚という以上の存在、具体的に言えば共感を持っているとか、しばしば気持ちのいい付き合い方をしてきたとか、そういったニュアンスを込めたいためにこういう言い方をするわけである。同様のケースについては、メル友(電子メールにおいての友)を参考にされたい。

同性愛についても、人はよく友情と関係させて語るし、異性との間の強い友情ということも語る。男性同性愛者と女性の間のこうした関係は、よく目にされる。大抵の場合、そうした友情は、女性と男性の間で「ご婦人方の会話」を営んだり、自分の配偶者以外の男性とよりよく理解し合えるというのも、ありえないことではない。また、そういう同性愛の男性からは性的な誘惑を受けないということも、相対的に友情の根拠として挙げられ、このような男性が「一番の女友達」と同列に並べられる所以かもしれない。社会学においては、フェルディナント・テンニースが、友情を「精神の共同体」というカテゴリを設けてそれに分類している。また、友情の中での社会的な態度について、二・三の学問的な研究もある。親友同士は、単なる知り合いの人間よりも互いに争いごとになることが多い。心理学者や社会学者はその理由を、親友は単なる知り合いよりもお互い信頼し合っているし、何かを主張するにも無用心に腹蔵なく話してしまう。加えて頻繁に接触する機会も多いし、葛藤の生まれる場面も多くなるという点に見ている。

ゲオルグ・ジンメルは、『友情の社会学』の中で、友情をさまざまに分化した友情として語っている。アリストテレスに反対して、彼は友情を段階的な違いを持った現象と見るのである。彼にとって友情は、2人の人間が知り合いになるという瞬間に始まる。つまり、2人は自分たちの相対置する実存について知るというわけである。ここを基盤として、人は相手の「領域」に侵入していく。一方で、その進入の深さと広がりは人がどれだけ自分をさらけ出すことができるかに係わっている。他方では、友情の限界というものもある。つまり、相手はこの限界は単純には踏み越えることが出来ないというわけである。適切ではないかもしれないが、例を挙げれば、サッカーファン仲間はサッカーを話題にするが、その相手に離婚相談をいきなり持ちかけるとしたら、それはやはりお門違いということになるといった類である。

ジンメルは、こうした限界の彼方にあるものを「予備」と名づけている。これは肯定的意味と否定的意味がない交ぜになったものである。一方で人は何かを犠牲にすることはないものの、他方では友情のためにと献身的に尽くしもする。また、日常的な付き合いの中でもこの限界は踏み越えられないとしたら、友情は別のものへと拡大し、深められるという可能性が出てくる。

ジンメルは、友情の特別の例を結婚に見ている。これは、結婚がその性格を変えてきたということと関連している。モンテーニュにあっては、結婚はひとつの取引であったが、近代においては結婚はむしろ愛情によって特徴付けられている。ゆえに結婚がひとつの愛情関係であるとすれば、そこには友情的な要素が働いているのである。ジンメルは、結婚を直ちに配偶者への自己開示という風には理解しないように警告している。彼は結婚の価値を、友情が一歩ずつ自発的に深まっていくその過程の中に見ようとするのである。価値があるのは、人がまだ配偶者には伝えたくない、伝えられないと思っているようなこと、2つに分け隔てられていることなのである。加えて、人が多くの事柄について詳細を承知していないこと、それを自分からは話せないでいること、話すつもりがないこともあるだろう。この自己への関係の中での「盲点」、これが完全な自己開示にさらされることのない、結婚の潜在的な幻滅なのではないだろうかと彼は言う。
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