'''少女'''(しょうじょ、girl)は、一般イメージとしては
未成年者の
女性を指す言葉。どこから「若い女性」と呼ばれるべきかは、当事者の意識にも関係する。
現在では、
少年を年少の男性とし、'''少女'''はその対義語として定着している。'''女の子'''(おんなのこ)も少女と大体同じ意味である。
古代の
律令制下では17歳から20歳の女性を「少女」と称した時期があった。当時は別に「をとめ」語があり、現代における「少女」の意であった。
近代では1920〜30年代の近代市場社会、都市型小家族の完成期に浮遊性・脱秩序性・非生産性等の様々な「印」を持つ
少女文化が開花した。
なお、
少年法は、男女問わず20歳に満たない者を少年として定義している。女子の
少年院に当たる施設は「少女院」とは言わず「女子少年院」という。
少女を参照。'''美'''(び)とは、「美しいこと」、あるいは「美しさ」であり、
自然の事物等に対する
感覚的に素朴な印象から、
芸術作品に対して抱く
感動の
感情、あるいは人間の行為の
倫理的
価値に対する評価にいたるまで、さまざまな
意味と解釈の位相を持っている
[今道友信「美学と芸術理論」『岩波講座哲学・芸術』、p.13。今道は、より厳密な表現においてであるが、自然・技術・芸術・人格存在のありようにおいて、「美の位相差」を論じている。]。。
美は一般に、「良いこと」従って、哲学的な表現では、「
善」と何かにおいて関係するものだと言える。
言語表現について述べれば、例えば、見事に開いた
薔薇の花を「美しい」と人は表現し、あるいは
レオナルド・ダ・ヴィンチの『
モナリザ(ジョコンダの微笑)』を美しいとも評する。
古代エジプトの女王であった
クレオパトラ7世は「美女」として著名であり、
数学者は、抽象数学である
リー群や
イデアル理論に出てくる
定理を美しいと述べる
[「はしがき」『岩波講座哲学・芸術』、i。巻頭の「はしがき」において、編者は、「大和の国は美しく、小野小町は美しく、方程式のこの解法は美しいという」と記している(引用)。これらは別の「美しいもの」によって例示可能である。]。
モーツァルトや
フォーレの音楽は、繊細な美しさを持つと言われ
[「はしがき」『岩波講座哲学・芸術』、i。編者は、「美」と「芸術」は異なると述べている。「美しいものは必ずしも芸術ではない」と(引用)。しかし、これは「美しい芸術作品」の存在を否定していない。]、
ヘルマン・ヘッセは、作品に『青春は美し』という題をつけた。また、日本語では、「姿ではなく、美しい
心の持ち主」というような表現もする。
これらの言葉の使われ方から窺えることは、「美しいこと・美」とは、何か良いこと・快いことであるが、またそれは「優れたこと」であり、また「感動」を人に与える何かであるということである。
美を参照。
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