'''芸能人'''(げいのうじん)は、芸能を職業とする人。本来芸能人とは、観客の前で、観客に芸を披露することをなりわいとする人々である。広義の意味では伝統芸能を披露する人を含むが、現代では舞台芸術からマスコミへの移行に伴う大衆娯楽の変化で、20世紀以降に観客と直接対面せずテレビ、ラジオ、映画、レコードなどで芸を披露する人々を指すのがほとんどである。売れっ子ともなれば当然知名度も上がり、収入も増える。結果、ファッション、ライフスタイル(生き方など)、言動などが常に大衆に注目されるようになり、時としてカリスマ的な影響力を及ぼす。だが、生活を維持し生計を立てるには不安定で、人気が無くなれば活躍の場は減り、且つ一度上ったギャラは下がらない・また下げられないので、テレビ局側も起用しなくなる。その結果、人々に忘れられれば「お役御免」とされてしまう(露出がなくなると、甚だしい場合は死亡説まで流れる)シビアな世界でもある。
長期的に安定した職業とするには才能や実力は絶対条件ながら短期的展望においては運によるものもあり、逆に実力があってもチャンスに恵まれなければなかなか活躍は出来ず、総じて有名になれる者はごくわずかである。しかし、その華やかさもあって若年者からの「将来なりたい職業」では常に上位にランクインするなど、大衆文化を享受する人々にとっては常に憧れであり、依然人気である。古くは、芸能は神事から発達したものであった。神懸かりの巫女の口から発せられる神託の言葉が人々への言祝ぎになったのが神楽などの原形である。日本土着の宗教である神道は大嘗祭、新嘗祭などにみられるように農耕信仰の要素を持っており、田楽などが派生し世阿弥らによって能・狂言などに受け継ぎ発展された。
農村社会が永らく続いた日本においては、成人するまでに村社会において必要な様々な実力を身につけることが求められ、周囲の仲間と同等の仕事、例えば重い米俵を担げる、同じ早さで稲刈りが出来るといった必要な能力を身に着け損ねた者は、大工や鳶といった職業集団や旅芸人等へ身売りされるといった側面もあった。江戸時代には士農工商の身分外の存在(商人や職人の更に下の身分)として差別される形となって記録されている。同時代、歌舞伎が反社会的なものと見なされながらも発展し、遊郭の遊女は芸能的才能を持っていたため「芸者」とも呼ばれ、外国語で“ゲイシャ”というイメージの元となっている。
現代のようにマネジメント等を専門に引き受ける会社がなかった時代、基本的には師匠に弟子入りし、師の元で研鑽に励む事で芸を受け継ぎ、自分のものにしてゆくのが典型的な方式であったが、世阿弥の例に見られるように時の将軍の覚えめでたく、破格の待遇をもって当時最高峰の知識人であった一流の貴族から直接教養を授かるチャンスに恵まれた事を生かして、自らの技を高めその奥義を記す迄に至った場合もある。また、猿楽、田楽といった庶民的なものも含め活動の場はもっぱら舞台しかなく、他者と技を競うといった機会も限られることから自らが必死に研鑽に努めたとしても生活の保障などは期待できなかった。かつては琵琶法師や座頭のような障害者も『平家物語』など口承文芸を謡うことで民衆の宗教心をもとに生活を立てていくことが可能であったが近世に入って世俗化が進むようになると生計を立てるのは苦しくなっていった。ヨーロッパ等においても彫刻家や音楽家の処遇にそのルーツを見る事ができる。著名なクラシック作曲家の伝記をひもとけば、作りたくて作った曲とパトロンの歓心を得るために作られた曲が明白な場合が少なくない。一方、吟遊詩人や興行で回るサーカスの芸人のように民衆から金銭を募ることで生計を立てる人々も存在した。
近代以降の技術の進歩による映画や、ラジオ、テレビの出現で、また資本主義の急速な進展により大きく変化した。芸能人の活動の場がマスメディアに移っていったのである。従来の舞台の場合はその興業場所に芸能人、観客双方が足を運ばなければ成立しなかった。現代においては映画の発達やテレビ放送のネットワーク確立に伴い、フィルムやその他映像記録媒体に収録されたものとしてより広く多くの観客へ一度に提供するものとなったのである。まず映画によって同時に多数の場所で視聴可能となり、ラジオやテレビに至っては受信できる環境にありさえすれば自宅でも楽しむことが出来る。収入面から言っても知名度を考えても、'''メディアへの露出'''はもはや芸能人にとって、成功するための必須とも言える条件になった。が、これと同時に本来の芸を見せるのではなく、話術や容姿またはキャラクターなどが求められる傾向が強くなった。このような状況から、本来ラジオやテレビの職業的出演者を指す「タレント」との個人毎の区別は次第に消え、多くの芸能人がラジオやテレビに活動を依存しているのが現状である。
この中で、日本の伝統芸能を担っていた能・歌舞伎などの役者は現代の「芸能人」の間に埋没していった。一方、落語家などの一部にはテレビ出演することで活路を開いた例もある。芸能リポーターの梨元勝は芸能人が起こす犯罪について、「覚醒剤の再犯率は、一般だと5割くらいだが、芸能界は7割と高い」と語っている[2006年10月号「日経エンタテインメント」]。また梨元は謹慎に至る芸能人の罪状は、
未成年タレントは、写真週刊誌で報じられて発覚する飲酒、喫煙。
歌手は大麻や麻薬、覚醒剤など薬物の使用・所持。
お笑いタレントは性のスキャンダル。
の3つのパターンが主だと語っている[。]
罪を犯したタレントが大手の事務所に所属している場合、「容疑者」や「被告」ではなく、名前の後に「所属タレント」か「タレント」と表記され、犯罪者として表現されることもある(例:島田紳助、稲垣吾郎など)。 不祥事に対する処分は所属事務所に委ねられるが、テレビ局側の判断になる事もある。タレントの謹慎期間は1年未満が大半で、警察沙汰になっても3~5ヶ月でテレビ番組に戻ってくる。一般社会なら不祥事を起こせば、同じ会社では働けず、前科があるという事で社会復帰も厳しいが、芸能界は復帰が早い。それどころか、「不祥事を乗り越えて」などと芸能マスコミなどが挙って持ち上げる傾向も手伝って、タレントは反省せず犯罪を繰り返してしまう傾向がある[。]
完全にテレビから姿を消した芸能人がいないわけではない。田代まさしは盗撮と覗きを繰り返し芸能界から“永久追放”されている。また羽賀研二のように、渡辺二郎(ボクサーを辞めた後に暴力団幹部となった)らと共に株取引の詐欺や恐喝といった重大犯罪をして逮捕・起訴されたり、殺人罪で実刑判決を受けた克美しげるや覚せい剤取締法違反で逮捕・起訴された酒井法子のように芸能界を追放され、レコード全てを廃盤にされた歌手もいる。だが逆に言えば、田代の様に何度も犯罪を繰り返さない限りは、芸能界から消える事は無いという事になる(一例が槇原敬之。覚醒剤所持で有罪判決を受けたものの謹慎した後復帰。)その為芸能関係者や芸能リポーターは芸能人の意識の低さと、不祥事を起したタレントを異常なまでにフォローする芸能界の甘さを指摘し、社会への影響(芸能人になれば仮に不祥事を起こしても社会復帰出来る)を懸念している[。「悲しいかな、『売れる』と見れば、あっという間に復帰する。テレビ局も使いたがる」ある事務所の関係者はそうコメントしている。 復帰後、目覚しい活動をすれば、それなりに評価される。ファッション観察家のノブ山田は覚醒剤騒動があったケイト・モスを例に上げ「不祥事で逆に才能が評価される風潮には疑問」と苦言を呈している。芸能事務所が加盟する業界団体としては、以下の3団体がある。]
日本音楽事業者協会(略称:音事協)
音楽制作者連盟(略称:音制連)
日本芸能マネージメント事業者協会(略称:マネ協)
詳しくは各項を参照。 タレント
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